荒井 広宙

H i r o o k i A r a i

残り2㎞の勝負を支えた自信と冷静さ

目標は明確だった。2015年北京・世界陸上競技選手権大会で残した4位という成績を上回り、日本競歩界悲願のメダルを獲ること。その一点に集中し、荒井広宙選手は淡々と、そして着実にリオに向けての調整を続けてきた。
時差調整も兼ねてアメリカ・ニュージャージーで行ったトレーニングでは、これまでの練習の質を高めることに集中。「直前であれこれ考えて調整方法を変えても、逆に焦りが出るだけですからね。選手村に入ってからも、食事や練習などなるべく普段通りの生活を心がけました。せっかくの機会ではありましたが、他の競技を見に行くこともしなかったですね(笑)」と振り返る。
気温20℃前後のまずまずの天候で迎えた8月19日。過去のオリンピックや国際大会の結果から、荒井選手は優勝タイムを3時間40分台と予想していた。「序盤は実力のある選手が揺さぶりをかけるだろうが、それに惑わされず35km地点までは自分のペースで行く。勝負は40km付近。自分のベストの歩みができれば、メダル争いに食い込めるだろう」というレースプランを立てた。
レースは予想通り、世界記録保持者ヨアン・ディニ選手(フランス)が序盤から抜け出す展開に。しかし32km付近でそのディニ選手がストップ。彼を抜き去りながら頭に去来したのは「次の10kmでは自分が止まっているかもしれない…」という恐怖だった。そんな自分を奮い立たせたのは、ここまで積み重ねてきた厳しい練習で築き上げた「自信」。自分のペースで歩きさえすれば、必ずチャンスが巡ってくるとポジティブに意識を持ち直した。

45km地点で荒井選手はトップに26秒差、2位とは4秒差の3位につけ、最後はカナダのエバン・ダンフィー選手とのし烈なメダル争いを展開する。相手の歩きと自分の状態を冷静に分析し「自分にはあと一回勝負を仕掛ける余裕がある。でもそこでダメなら負けだ」と考えていた。
残り2km、一度抜かれた荒井選手は再びペースを上げ、ついにはダンフィー選手を抜き返し、そのまま3位でメダルロードを闊歩。「フィニッシュラインを超えるまで、メダルを獲れるという確信は持てませんでした。まぁその後、二転三転はありましたが(笑)。それも含めて自分らしく、内容の濃いレースはできたと思います」と、大接戦を制した感想を笑顔で語った。
記録3時間41分24秒。陸上で今大会第一号のメダルを日本にもたらした。

日本競歩界の歴史を塗り替える快挙を達成した後、周囲からの注目は高まったが、荒井選手の日常はこれまでとなんら変わらない。「メダリストとして、競歩という競技や社会に対し貢献できる活動はしたい」と語るものの、あくまで現役アスリートとしての意識は維持し、4年後の「東京」を目指す。
狙うは銅以上に輝く色のメダル。「僕は他のトップ選手と比較して持久力は劣る。その分、歩き方の技術をこれまで以上に追求して、目標を必ず達成したい」。厳しい練習により築き上げた自信と冷静さを武器に、荒井選手の挑戦は再び始まった。

荒井 広宙

所属:自衛隊体育学校

生年月日:1988年5月18日

自己ベスト:

[競歩50km]3時間40分20秒