川内 優輝

Yuki Kawauchi

2017年世界陸上ロンドン大会、マラソン

“ロンドンロス”から
「ただのマラソンランナー」へ。
いつだって彼の言動は、注目を集め感動を誘う

川内優輝選手といえば、常識破りの大会出場数で有名だ。2017年も1月8日の「第31回壱岐の島新春マラソン大会」を皮切りに、12月17日の「第48回防府読売マラソン」まで全31大会を駆け抜けた。年内最後のランは2時間10分3秒。
大会3年ぶり3度目の優勝を果たし、笑顔で締め括った。しかし今年は「世界陸上」もあった。その結果を受け「代表引退」を決意した年でもあった。川内選手にとって2018年は、どんな年になるのだろうか─。

世界陸上ロンドン2017

「世界陸上ロンドン」への熱い想い。
ロンドン橋の上で迎えた2017年

——「今大会限り日本代表の第一線から退く」─その発言に、どれだけ多くの国民が驚いたことだろう。“最強の市民ランナー”として、彼の走りはいつだって興奮と感動をもたらした。どんな想いでロンドンに臨んだのか。本人に訊く。

大邱、モスクワと過去2回の世界陸上で結果を残せなかった悔しさ、特に世界陸上での惨敗直後から照準はロンドンでした。暑熱対策や世界大会での走り方や調整方法などのアイデアも思いついていましたので『ロンドンに向けた長期練習計画』『毎月1本の海外フルマラソン出場による高強度トレーニングと世界大会への経験値の向上の両立』『週末の避暑地での充実した走り込み合宿』『現地入り後の過ごし方』『レース本番での中本選手を徹底してマークする作戦』など、調整や作戦を徹底的に実行してきました。それぐらい、ロンドンは自分にとって大事な大会に据え置いていたのです。途中にリオ五輪もありましたが、2014年の冬に酷い捻挫をしてから不調ほどまでに集中することができたのは、気候の面でも自分にとってメダルを獲れる可能性の高い大会だと思っていたからです。『とにかくこの大会でメダルを獲る。最 低でも入賞は必ず』と心に誓っていました。代表入りが決まっていないというのに、年末年始はコースの下見に行きましたし、年越しはロンドン橋の上でした。

3秒に泣き「ロンドンロス」。
“ 日の丸”を返上した

——ラストスパートの川内選手は、大きく腕を振り、苦しい表情を隠そうともせず全力疾走でゴールをめざす。そして倒れ込んだまま動けない。その姿はロンドンでも変わらず、ゴール後、跪いたまましばしの時が過ぎる。しかし顔を上げた川内選手の表情は、晴れ晴れとしたようにも見えた。

自分自身が過去のノウハウを生かし、もう一度日本代表として世界と戦うにはロンドンしかないと思っていました。だから2016年の福岡国際は直前に足首を捻挫しても『挑戦しないで終わるよりも挑戦して終わりたい』という思いで強行出場し、結果として予定通り代表入り。それなのに結果は、メダルはおろか最低限の目標である入賞にもあと3秒のところで届きませんでした。帰国後もしばらくは「ロンドンロス」になりポイント練習をする気力すら起きずにいました。日本代表を退くことについても、モスクワで惨敗した時に、真夏に開催される世界大会の日本代表を狙うことはやめようと思っていたこと。ロンドン後には、2018年ジャカルタアジア大会、2019年ドーハ世界陸上、2020年東京五輪と高温が予想される世界大会が続くことがわかっていましたので。いまは「日本代表」という重責を終え「ただのマラソンランナー」に戻ったような心境です。ロンドンでの走りは、自分が課した目標には届きませんでしたが、過去の世界陸上と比べて、自分の力を出し切ることができました。また、4月から7月まで毎月1本海外マラソンに出場する方法で調整していたこともあり、チェコ、スウェーデン、ノルウェー、フランスと初めてマラソンで訪れた国も多く、競技人生の中でも充実し、世界も広がった1年でした。

第3回さいたま国際マラソン

県民の星、凱旋ラン。
沿道は「川内ガンバレ」の声

——川内優輝選手が入庁を志したことが、形となった喜び。それは「地域を活性化させる大規模イベントに携わりたい」。埼玉県初の国際大会として2015年からスタートした本大会で、川内選手は第1回から大会サポーターを務めている。今回はランナーとして参加した。

埼玉県唯一の公認フルマラソンである『さいたま国際マラソン』に大会サポーター及び選手として携われたことは本当に嬉しく思っていますし、埼玉県庁入庁時の目標を達成したような気持ちもあります。実は1週間前のニースカンヌマラソンで失速していたため、あまり調子は良くありませんでしたが、遂にこの大会を走ることができる喜びでテンションは非常に高かったです。実際に走ってみると、アップダウンはそれほど難しくないと感じました。国道463号は強い横風だったため行きも帰りも向かい風に感じて、単独走でペースを維持することは容易ではありませんでした。しかし追い抜かしていく女子選手から応援され、応援し返すという経験も、時差スタートの本大会ならではであったように思います。最後には「市民マラソンの星」である招待選手の吉田香織選手も追い抜かしレースそのものを楽しむことができました。何より素晴らしかったのは「人」。地元埼玉の皆さん、企業の皆さんによる沿道の応援は、私の耳にもしっかりと届いております。ありがとうございました。また給水所や沿道警備の元気なボランティアスタッフ、追い抜きすれ違ったランナー達、すべての人達が素晴らしかったです。この熱意さえあれば、この大会は必ず成長していくと確信できました。

埼玉陸上で頑張る皆さんにメッセージ

結果が出せなかった小中高。
それでも走ることを止めなかった

私はこれまでに世界陸上3回、世界ハーフ1回、アジア大会1回を日本代表として走りましたが、全日中にもインターハイにも出場したことはありません。小学校時代、市民マラソンでの優勝はありませんし、校内持久走大会ですら6年間で2回しか優勝できませんでした。中学校では県大会入賞を果たせず、高校でも個人では県大会止まり、その上ケガに悩まされて精神的・肉体的にも追い込まれました。それでも私は決して走ることを止めませんでした。結果が出なかったり、ケガに苦しめられたり、仲間やライバルが競技から引退していっても、私は『楽しく走ろう』と考え方を変え、練習環境を変え、練習方法を変えて走り続けました。結果として、2011年頃には今のようなセルフコーチングのスタイルを確立でき、日本代表に選ばれるくらいの競技力をつけることができたのです。結果が出ない時には「自分の努力が足りないからだ。全部自分が悪いんだ」と自己嫌悪に陥ってしまいがちです。けれども、そのように自省できる人は恐らく既に十分努力していると思いますので、故障や慢性疲労が悪化して結果が出なくなることもあるはずです。ですので、そうした時には「努力の方向性が間違っているのかもしれない」と発想の転換をしてみてください。『考える努力』は普通の努力とは違って自分の感情をしっかりと把握しなければ絶対にできません。学生時代に部活動やクラブチームで様々なことを経験するのは、この『考える努力』をするための基礎づくりなのではないかと私は思っています。「競技でやりたいこと」を、プロセスまで含めて具体的に思い描くことができた時に初めて、本当の競技者としてのスタートラインに立てたといえるのではないかと思います。一人でも多くのみなさんが『本当のスタートラインに立つこと』ができるよう心から願っています。

川内 優輝

所属:埼玉県庁

成績:

2017年世界陸上ロンドン大会9位、2014年仁川アジア競技大会銅メダリスト